Pickup

ユニークな両親の元に生まれて。③

父はハンデがありながら
子供たちに絶対にお金の心配をさせたくない
という信念の元、兄二人と私を育てあげてくれた

(本人の立派なプライドだと思う)

お酒に溺れたり
暴力を奮ったりせず

ただひたすらに
職場と家を往復し、
私たち家族を経済的に支えてくれた

家族旅行にだって行った思い出がある

でもたしかに
夫として 頼りない部分はあったはず

繊細すぎるが故に自己防衛も強い
それも超無意識下で。

母にとったら
一番頼りたい相手に頼れず
心から信頼して相談出来る相手もいなく
当時はSNSどころか親たちにとったらインターネットも遠い存在
一人で苦しかっただろうな、と思う

私たちの親世代は特に
お互い未熟なまま結婚をして子供を産み、
家庭を築くというのがデフォルト的だ。

そして我が家は
経済的なところ以外をすべて妻に依存してしまうというありがちなパターンだった。

この時代・社会では
日本でアダルトチルドレンに当てはまる人は8割以上だと言われたりもする

※アダルトチルドレン(AC)とは
機能不全家族の下で育ったことが原因で生きづらさを抱える人

母親に関してはしっかり当てはまる
(私自身もね。)

そこに加えて
私の両親は発達障害の特性も併せ持っていたんだなと
私が自身との向き合いや自己理解を深める過程で
気がつくことが出来た

私自身、ADHDもASDもグレーゾーンに入る

それらに気がつけたところから、
少しずつ
音を立てながらではあるけれど、
複数の岩を縛り付けていた縄が解けていく感じがした

ゴロゴロと
私を 私たちを閉じ込めるために縛り付けられていた岩たちが 眼下に落ちていく 転がっていく

「〇〇ちゃんのお母さんって天然だよね〜✨」

「私も人のこと言えないけど、うちの親って2人とも天然ボケだよなぁ〜」

ほんとうは。

少し他所のお父さんお母さんと違うというか…
私が子供ながらに想像する「大人」と少し違うというか… 個性的で 可愛くて

愛おしかったんだ。

愛おしかったから…

周囲からポジティブに評価してもらうことが
嬉しかったはずなのに

(天然だよねぇ 可愛いよねぇ)

なぜか
私の心に

「ねー!ほんと面白いよねぇ☀️」

(たすけて。)

取り残されていく言葉があった

とくに周囲の大人から
哀れみをほんのり‥ほんの少し含んだ心配の目を向けられると 私は いたたまれなかった

やめて

傷つけないで

私のお父さんお母さんは何も悪くない!

何も恥ずかしいことなんてしてない!

どうして?

どうして そんな目を私にするの?

いやだ!

・・・少し無邪気なところがある
・・・少し周りが見えなくなったり
・・・少しだけ、時々、相手の気持ちや状況に鈍感な時がある
・・・でもとっても繊細で 傷つきやすくて 誰よりも一生懸命で 私たち子どもを守るために 幸せな時間を過ごすために、たくさんたくさん頑張ってくれて

私は両親が否定されるようなことは絶対に嫌だった

それなのに私自身 両親に否定的な想いばかり募らせて

ううん

いつだって私の気持ちを解ってくれない!
一番に解ってほしいのに解ってもらえない、どうして!

ほんとうは甘えたいのに 頼りたいのに …!

その寂しさや悲しさが募り過ぎて。

お父さんお母さんを守ってあげられない悔しさが強くなり過ぎて。

理不尽に酷い言葉や態度をたくさんぶつけてしまった

どうにも出来ない悔しさや寂しさから自分を守るために。

あの哀れみを含んだ心配のエネルギーを向けてくる大人たちと同じ側に、いつの間にか立って、、

本当は

悔しかったの

世の中が、
こんな純粋な大人を 
少し困りモノにするような空気が。

許せなかったの

心配するなら寄り添ってよ!助けてよ!声をかけてよ!

当時から 色んなことを理解して 世間に、周囲の大人に、叫べれば

よかったかもしれない。

でも

大人になってから
ゆっくり一つずつ向き合う中で
お父さんお母さんが落としていってくれた石を拾い集めるのは、少し楽しかった 
一つ一つ磨けば磨くほど「純粋な愛」として光ってくれた

だから
訳も分からずどうすることも出来ず、悔しい時間を乗り越えてきてくれた私自身には感謝しなくちゃだ。

当時の感情や感覚に潜ることは決して楽なことではないし苦しくてもうやめたいってなって…でも後戻り出来なくて…たくさん涙は流したけれど
(正直壮絶で凄惨なバトルたった。。)

もしかしたら

私たちを閉じ込めていた岩も、
本当はダイヤの原石なのかもしれない

人間が 社会が 生み出した生きづらさではあるけれど、
それはもしかしたら

よく磨いてみたら
一人一人の個性 最高の価値を映し出す

唯一無二のダイヤかもしれない

ACという概念と向き合う中で

愛して欲しいように愛してもらえなかった
だけで、

愛されていなかったわけではないということが
よくわかったし
(これまでは頭で解っていても 心が置いてけぼりだった)

寂しさの原因がほんとうに心地好く腑に落ちた

そして

私も

両親を愛せていなかったわけじゃないんだ

と理解出来たことが

今何より 一番 嬉しい。

やっと自分を迎えに行けた気がする。

自分のことも
両親のことも
心から

誇らしく思える。

お父さん、お母さん、  大好きだよ。

次の記事は、、、

「ここまで読んでくれた方へ。」